キュレーションの時代の編集力と視点


編集力って、本当に大事ですよね。
大事ですよねー、うんうん。



みなさんごきげんよう、トシオです!
ここ最近の私の発見を残しておこうと、ブログにメモしてみます。



佐々木俊尚氏の『キュレーションの時代』が脚光を浴びた頃からでしょうか、時系列はよくわかりませんが、情報が錯綜し、情報が飽和状態にあるこの時代に必要なのは編集力であるという言葉を、多く目にするようになった気がします。



私が初めて『キュレーションの時代』を読んだのは、それが出版されてすぐの時代。
私の記憶では就職活動の全盛期の前後でした。

PR会社で働くことを強く希望していた当時、ガムシャラに本を読み漁っていた中の一冊にこの本があって、新しい視点を与えてくれる良著だと、世間は話題にしたし、私もそう思っていました。





キュレーションという言葉自体は、元々は美術館の展示会などのテーマに合わせて美術品を選定することを指していましたが、今では特定のテーマの情報を集めることを指す場合が多く、NewsPicks、NAVERまとめ、ホリエモンドットコム、などがキュレーションメディアと言われ、有名ですよね。

素材を集めて、あるテーマに沿って編集をして、独自のセンスで表現する手段としてのキュレーション

セレクトショップもそう、プレイリストもそう、童話集もそう、わざわざキュレーションなんていうカッコいい言葉を使わなくても、身近にずっと前から存在していたキュレーションの変形。






これらキュレーションにおいて大事なことは、どう切り取って、どう発信をするか

美術館の展覧会で言えば、どの作品を選び、それらをどう魅せるか。





私は、自分の好みを集めて、それを編集することは得意だと思っている。
情報収集が好きで、新しい刺激に敏感で、それを自分のセンスで切り取っていくことは大好き。

そして、中でも気に入ったものがあれば、友達にシェアをするし、ブログでも記事にする。





ただ、最近ブログなどを通じて気づいたことは、ある特定のテーマを思い浮かべて、ある視点を想定してキュレーションしていくことはまだ得意とは言えないんだなーと。

厳密に言えば、得意でないというよりは、その視点を持っていないということ。

その視点を持っていないから、情報の蓄積がないということ。

よくセンスは知識というけれど、本当にそう思いますよね。



仲間内数人で食事するのにふさわしいプレイリストを作ろうにも、私がこれ最高!と思うプレイリストでも、隣に座っている友人には大げさすぎる選曲だったりする。
逆に落ち着いたムードの選曲をしようと思うと、今度は盛り上がりにかける音楽だったりする。






ハイカルチャーやサブカルチャー、文化と一口に言っても様々なカタチありますね。

それら文化を学ぶこと、知ることは、ある意味では自分以外の視点を獲得することだったりするのだけど、私はこれまで、その視点をあまり意識せず、自分がその文化を消費することしかしていなかった。

文化に触れることが私にとっての人生の喜びであり、文化を享受することこそが生き甲斐な部分もあって、それしかできなかったのだと思う。




文化に触れる時の視点が大事って、他人が言っているからわかっているつもりだったけど、実際は何もわかっていなかったことに気づいたいま、全てを見る目が変わった。

新しい発見すると思考がアップデートされて楽しいですよね!



ブログ視点

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


ABOUTこの記事をかいた人

横浜生まれ横浜育ちの知的好奇心の奴隷。 島暮らしと山暮らしを経ての、街暮らし満喫中。 新しい刺激に貪欲で、まったりするのも好きだけど、基本的には超アクティブな超・直感型人間。