山小屋下山日の記念写真



山小屋って聞いて、何を想像するだろうか。
どんなところか、イメージできないのが普通かと思います。


私はその当時、何もイメージできませんでした。
それはおそらく、山登りをする文化が自分の中になかったから。


私はそんな山小屋という謎めいた場所で三年間働きました。


もちろん、山小屋で働いているときは、屈強な登山者に負けない体力はあったし、一般人よりも山岳的な知識はあったけれども、私はもともと山登りが好きだったわけではないし、詳しかったわけではない。


上の写真は山小屋の仕事を終えて下山するときに撮影したもの。
この写真を見ると、我ながら人って簡単に変わるんだなって思うと同時に、思い切って環境に飛び込んでみてよかったと、心の底から思います




鳳凰山



何事も、自分の知ってる世界と知らない世界があるかとは思いますが、やっぱり知ってる世界を増やしていった方が人生は断然おもしろいと思う派の人間なので、知らないことがあるとすぐに顔を突っ込みたくなってしまう性分。


幸いなことに、私には、すぐに環境に順応してしまう最強のクセがあるので、顔を突っ込みすぎたら風貌まで変わってしまいましたが、それも私にとっては大事なプロセスで、大事な人生のネタ。


そんな私が山小屋で働いたのは、人生のネタをとことん増やしていきたいからってのもありますが、それよりも、知ってる世界を増やしていきたかったから、これに尽きます。


幼い頃から港町横浜で何不自由なく育てていただいた私としては、電気も通っていない山奥で暮らすってことがどんなことなのか、そこにいる人々の文化がどんなもので、何を大切にして生きているのか、めちゃくちゃ気になっちゃうんですよね。


私は山暮らしを通してあらゆることを学びましたが、ざっくりと言うならば、何かがあることの喜びと、何もないことの尊さを知りました



日常風景

鳳凰小屋



私が働かせていただいた山小屋は、山梨県の鳳凰山にある鳳凰小屋という山小屋。
鳳凰山は別名地蔵岳(標高2,764m)と呼ばれる山で、その直下(標高2,380m)で暮らしていました。


そこは登山道を歩いていると突如現れる、森の中に佇む、雰囲気ある小屋。
季節を通して、多くの草花が咲き育ち、珍しい動物が行き交う場所で、都会の喧騒とは圧倒的な別次元です。


小屋のすぐ側にキレイな沢が走り、そこで汲んだ水を乾燥させた倒木を燃やして沸騰させ、そのお湯を使ってヘリや人力で担ぎ上げた野菜でカレーを作るのが日課。
それ以外はボケーっと、太陽を浴びて、読書をして、登山者の方と話をして、炬燵でお酒を呑んで寝るというライフサイクルだったんですけどね、そりゃ最高でした。


もちろん、小屋の接客に加えて、登山道整備やら、丸太運びやら、小屋の大工仕事から、50kg荷物の歩荷やら、一般人にはキツいと想像される仕事はもちろん多岐に渡ってありますが、私にはそれが楽しくてしょうがなくて、毎日が無邪気な子供の夏休みって感じ。


山小屋日常
洗髪風景



山小屋では、何もしない贅沢が最高に楽しめる。


空き時間ができると、屋根の上、岩の上、森の中、それぞれが、それぞれの居心地良い場所に移動して、それぞれの時間を過ごす。
ギターの練習をするもよし、本を読むもよし、散策に出かけるもよし、寝るもよし、なんでもよし。


私のお気に入りは、小屋から少し離れた裏山にある眺望の良い岩の上での昼寝でした。
そこはいまのところ人生史上一番気持ちよい昼寝スポットです。


横たわると聞こえてくる自然の音が最高のBGM。
仰向けに寝て、目を開けると眼前に広がる山の頂は雄大で爽快。
太陽の照りつけと風の通り抜けるバランスが絶妙で、一気に副交換神経のスイッチ、オン。
はい、ここは天国です。


そんな、何もないようで全てがある天国で、あれやこれやの妄想をするのが最高に贅沢な時間だったなあ


水滴
長靴



晴れの日は岩の上でゴロゴロするけれども、雨の日は小屋のなかでみんなで寝転がる。


台風接近による影響で雨ドシャ降りの風ビュービューの日なんかには、日頃の疲れを癒すために、眠りに眠りまくる。何も眠りを邪魔するものはありませんから。


響くのは雨の音だけで、ときに雨が強くなると、窓ガラスや屋根からも音が反響し、とても心地よいリズムとなって耳に入ってきて、もうそこからは大爆睡。


山小屋って、標高が高くて酸素濃度が薄いせいか、そこにいるだけで体力を消耗していくんです。だから、寝溜めをすることはとても大切で貴重だったりします。
(高地トレーニング効果は抜群です。)


小屋の日常
小屋の日常




そして、そんなこんなでいい具合に寝たなあと、ムクッと起き上がったタイミングでやってくるのが貴重な貴重なコーヒータイム!
私が働いていた山小屋では、このコーヒータイムがいろんな意味で大事な時間となっていました。


コーヒーは山では贅沢品です。
山ではコーヒーでさえも喜びに変わります。
どら焼きのような甘味があればなおさらのこと、大興奮です。
ただ重要なのは、コーヒーそのものというよりは、山では「お湯」がかなーり貴重なものだだということ
ここポイントです。


そのため、コーヒーという山の世界における贅沢品をいただくからには、大切に味わわなければなりません。
せっかく温めて出したコーヒーを冷ますなんて以ての外です。
ありえません。
論外です。


お湯を沸かすにもエネルギーがいるし、コーヒーの粉がすぐに買えるわけでもない、小屋で有限な資源をみんながそれぞれ勝手に使い始めちゃうと、いわゆるカオスになってしまうため、定時にしか開催されないコーヒータイムは、癒しの時間であり、大切なものを実感する時間。


コーヒーを飲むことが、日々の資源のありがたみを感じることに繋がっていたりするんです。


そして、そんな貴重なコーヒータイムだからこそ大切にしていた共通認識は、誰か一人でも欠けていたらコーヒータイムはお預けであること。
山小屋という空間は、とても閉鎖的な空間ですから、いくら嫌いな相手とでも、時間を共にしなければならない運命共同体です。


ここでは、些細なコミュニケーションのズレが大きな歪みに発展してしまうため、みんなコーヒーをすすっている中で一人だけ「うわっワタシ呼ばれてない」みたいなことを起こさないためにも、コーヒータイムはみんな揃って楽しみます。


あとは、日常にこのコーヒータイムが挟まれることによって、必然的に強い絆が生まれるんですよね。
体調不良でない限りは必ずみんな揃ってコーヒータイムをとるため、顔を合わせたときにみんなの体調や機嫌が一発でわかる。
黙ってしっぽり飲むときもあれば、ガハハハ笑いながらコーヒーのことを忘れるときもあるんですが、そうすると、自然といつの間にか仲が深まっているんです。


夜の宴
夜の宴



昼のコーヒータイムに加えて、山小屋生活で特筆すべきは、夜の宴でしょうか。
というより、一部の人にとってはこの宴が一番のメインだったりするくらいです。
この時間を待ってましたーみたいな感じで、それまで寝てた人がいきなり元気になったりします。


それまで身体にムチ打って登ってきた人たちの慰労会でありながら、同じ日に同じ山小屋に泊まる共通体験をしている人々の懇親会が、ようやく夜に行われるわけです。


私がいた山は、百名山と呼ばれる山の一つ。
百名山は、日本の滝百選みたいな、そんなものの山バージョンだと思ってください。
そのため、日本各地から、登山愛好家が集まります。


「ここの山は昔何回も登った」という地元の方から、「ここを登ったら日本百名山制覇なんです」というピークハンター、「あっちの山から三時間でここまで来ました」というスパルタアスリートまで、毎日いろんな人が小屋を行き交いします。
それこそ大企業の社長から、テレビで活躍する芸能人、その日暮らしのプー太郎にいたるまで、多様な人に会えるのが山の面白いところで、本当に飽きません。


鳳凰小屋は、小屋の中に掘り炬燵を備えていることで知られており、夜が更けるとこの炬燵で乾杯することが恒例となっていたりします。
日本各地から集まった登山初心者から大ベテランまでが一緒くたになって、下界での役職や上下関係はここでは一切無効となり、自慢大会が始まるんです。


みんなバラバラの人生だけど、山が好きっていう一点では共通しているので、誰の話も興味深くて、共感できる仲間がたくさんいるから、ランプ越しに見える表情がみんなめちゃくちゃ明るくて、いいんですよねえ


照明を落としてランプ一つの時間帯になると、室内は暗くなるけど、その空間は相当エネルギッシュで、私はこの宴の時間が大好きでした。


山小屋はやっぱり人でできている


こうして書きながら山小屋生活を思い出していると、やっぱり空間は人あってのものだなって、つくづく思います。


何もないことは素晴らしいことだし、そこに何かがあるということも素晴らしい。
ただ、それらの前提は人の存在があってのもの。


山小屋という異質な空間が、百名山という最高のロケーションにありながらも、その圧倒的な素材を活かせるのは人だけ。
絶滅危惧種のアルコールランプや掘り炬燵という文化遺産があったとしても、その魅力を引き出せるのは人だけ。





私が尊敬する小屋のオーナーは有名な動物写真家で、60年以上ずっと同じ山で生きてきた、南アルプスの主のような人。


彼の言葉が私は好きです。


「自然の中にとけ込み、そこで遊ばせてもらっているという感覚を大事にしたい。」


彼の言葉だからこそ、身に沁みるし、私もそう思うと言える。







文化は人がつくっていくもの。
振り返ると、何を大切にしたいのか、思い出させてくれるありがたい存在です。







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ABOUTこの記事をかいた人

横浜生まれ横浜育ちの知的好奇心の奴隷。 島暮らしと山暮らしを経ての、街暮らし満喫中。 新しい刺激に貪欲で、まったりするのも好きだけど、基本的には超アクティブな超・直感型人間。